土曜日, 9月 03, 2011

Steve Jobsの辞任

Steve Jobs氏がApple CEOを辞任した。

みんないろいろ書くだろう。やれAppleカリスマの消滅、今後の製品の質への懸念、株価、将来予想などなど。。
しかし、これは予期されていたことだ。ここ数年の彼の姿を見ていて、そう思わない人はいないだろう。だから、みな落ち着くべきなのだ。当たり前のことが起こっているに過ぎない。

Appleの世間的評価は「世界最高の企業」である。死に瀕していた会社が、Jobs
の再来で蘇生し拡大し、ある日マイクロソフトの株価を抜き、そして(瞬間的だが)時価総額でエクソンを抜き、世界最高となった

「世界のトップ」である。しかし一見そう見えないのはなぜか? もちろんマイクロソフトがいるからだ。かの企業は大企業(や官庁)を牛耳っていて、固着した企業文化・組織文化へ適切な対企業的対応をして、うまくやっている。

彼らが作っているものは「パーソナルコンピュータ」ではない、「ビジネスツール」だ。
Windows PCのアグリーなハードウェア、Windows自体のアグリーなGUIは、私の想像力や好奇心を刺激しない。好奇心をもってそこで何かを創造的に展開する道具にならない。仕事場で使って慣れているその機械を、そのままプライベートでも使う人たちがたくさんいるというわけだ。
市場原理・インストールベースという単語が全てを表現している。

Windowsは(もしも気にしているならば)何を重視しているか? それは「機能」だ。あるいはそれ以外にこだわらない、ともいえる。早い話が「仕事で使えればいいだろ、そこに押しボタンがあるから。後は好きにしてくれ」ということで、ほとんどの場合、その先で美しさには結びつかない。そんなことには関心がない。産業的・企業的といえる。(純正ハードウェアと結びついていないのでそれ以上先へ行けないということもある。)

Appleは何を作ってきたか。ユーザーエクスペリエンスを作ってきた。使い勝手に徹底的にこだわり、ユーザーに寄り添う。
そしてエクスペリエンスの一部として、美しいものを作る。MacBook AirやApple Wireless Keyboardを見ればわかる。工業デザインの見本・理想図のような仕上がりだ。
美意識があり、最高のクォリティまで妥協しない。

MacBook Air



Apple Wireless Keyboard

 茶室の様な場所に置いて、ぴたりとそこにはまるPCが、Lionのデスクトップイメージを映したMacBook Air以外にあり得るだろうか?
同じ(?)コンピュータでありながら、クリエイティビティの観点からは段違いだ。




Technology alone is not enough. It's technology married with the liberal arts, married with the humanities, that yields the results that makes our hearts sing. -Steve Jobs

そしてAppleはイノベーションを先導する。先に行ってしまう。
Appleは、Windowsを含めた多くの企業が使う「私たちはお客様のためにこういう機能を提供します」という言い方をしない。Appleは言うのだ:
「世界は変わる。これからはこういう時代だ。だから、みんなついてこい」
そして時代を予見させるものをJobsが提示する。イノベーティブマインドはそれについて行く。現状維持と思考停止した羊マインドは横目で見ている。

私の言っていることはヘンだろうか。人によってはそう見えるかもしれない。その時、私は、自分の陶芸の師匠・大嶺實清の言葉を思い出す:
「わかる人にしか、わからない」
思考停止している者、自分が何者か考えない者、自分が使っているモノが何かを考えない者には、わからない世界がある。わかるまではそのことの存在さえ、わからないし、目の前にあっても気付かない。

Jobsは「強い顔」をしている、禅的?であり、立ち居振る舞いが非アメリカ的な感じがする。彼は何かをつかんでいる。なにか真実を。
彼がつかんでいる真実とは何なのか?
Jobsの秘密の重要なことは何か?
Tim Cookを含め、Appleの人々は彼から何を受け継いだか?

それが今後に現れる。それはプロダクトに反映する。

だから、何も騒ぐ必要はない。ただプロダクトを見ればよい。我々は思想を買っているのでなく、その産物を買っている。
今後のプロダクトを見れば、今まで誰が何を作っていたか、今後それがどうなるかはわかる。
そのプロダクトが、まるで気に入った美術品を所有しているような感覚を持たせてくれる間は、Appleは息災だ。

もちろん、それを誰が、いかに美しくプレゼンテーションしてくれるかはわからないが。その役割は、外から見えるJobsの最大の美徳であったし、ユーザーが来るべき世界の意味をつかむ助けにもなっていて、とても重要だったのだが。

私は医師という職業の冷徹な立場から、彼の存在を見て、語っている。しかし、それでももし私が彼の膵臓ガンの診断病理医だったら、Jobsが語っていたように、それがcurableであるとわかって泣いただろう。彼はマスプロダクトの生産者なのに、それほどパーソナルに我々と結びついている。

誰かが言っていた。「Steveが我々を作った」と。今になってそれが確かにわかる。Steveが今の私をつくったのだ。彼の作ったこのツールを使っていなければ、私は今の私ではなかったろう。

Thank you, and so long, Steve. You are a true miracle at this stage of digital era. And may your truth continue to thrive in Apple hereafter ever.