土曜日, 4月 24, 2010

NHK「神々の森へのいざない 春日大社 悠久の杜」

白洲正子の著作に「お能の見方」という本がある。その中の「お能の見方」のところに、以下の文章がある:

むかし、奈良の春日大社で、「おんまつり」という行事を見たことがあります。
十二月なかばの、ことさら寒い晩でした。真夜中に、御神体が、神社からお旅所へ遷される。灯ひとつない神殿のあたりは、ひっそりとして、人と灯籠の区別さえつきません。何が始まるのかーーあまりの静けさに叫び出したい衝動をこらえていると、突然闇をつんざいて、楽の音が湧き起りました。
と、本殿と覚しきあたりから、夜目にも白くふわふわとしたものが降りてきます。「絹垣」とそれがよばれるとは、あとから知ったことですが、白い布でくるんだかこいの中に、人の目に触れることのない何物かが入っている。やがて、松明がともされ、神主にかこまれた御神体は、陰にこもった警蹕(けいひつ)の声を先立てて山を降り始めました。
行く手には、盛んな焚火が燃え、行列は、炎の上を渡って行く。見渡すかぎり火の流れです。森をすぎ、野原をあとに、無言のうちにお旅所についた絹垣は、そのままするすると仮屋のうちに消え、その夜は朝まで神前の芝生の上で祝詞と神楽があげられました。

昨日のNHK、BS-hiの番組「神々の森へのいざない 春日大社 悠久の杜」で、まさしくこの行事「遷幸之儀」をやっていた。映像記録されたのは初めてと聞いた気がするが、するとこれは1957年に白洲さんが書いてから53年目にして明らかにされたことになる。

私は前からこの文章が好きで、文章だけからはこの神渡りはもっと足早に行われるのかと思っていたが、実はゆっくりとしたものだった。木々の間から見える満天の星空と、それしか聞こえない楽の音と警蹕の声と、松明をたたいて作られる火の道がとても印象的で、素晴らしく美しい眺めだった。

それを、何十年かを隔てて、白州さんと一緒に観たような感じがして、とてもいい気分だった。

再放送があれば、ご覧あれ。一見の価値があります。