日曜日, 5月 01, 2011

白洲正子「私の百人一首」

久しぶりに白洲正子の「私の百人一首」をとり出して読んでいた。茶会記を書くのに筆書きの練習のために百人一首を毛筆書きし始めて、そこから辿って行ったのだ。口絵のカラー写真が和泉式部の読み札だったのでまずそこを読んだ。
少し長目に引用する:

物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る

私の好きな歌の一つであるが、これは保昌に捨てられた時、貴船の明神に詣で、御手洗に蛍が飛ぶのを見て詠んだ歌といわれている。小野小町と並んで、平安時代の女流歌人の双璧とみても異存はあるまい。やがて彼女も伝説の人物と化し、日本中の至るところに足跡を止めるようになって行く。それについては柳田国男氏の和泉式部研究にくわしいが、ここにあげた二、三の歌を見ても、常にあの世とこの世の中間をさまよう女であり、それが夢現の恋の陶酔と重なって、妖しい雰囲気をかもし出す。小野小町と和泉式部には、たしかに共通する何かがある。それを仮に巫女的な吸引力と名づけてもいいが、その放心的な魅力が男心をとらえ、ひいては民衆に強い印象を与えたのであろう。

これを読むと、なるほど白洲が能を修練していたことと符合する気がする。能は多くの場合、夢と現の間をシテが往き来するモチーフで出来上がっていて、白洲の文章の根幹にそのモチーフが焼き込まれている感じがする。