
ロバート・ハリス氏の本か、Elan-Vitalに彼が出ていた頃のポッドキャストで知ったかして買った本。
詩人である著者・金子光晴が、妻とその愛人の関係が深まるのを畏れ、その妻を連れて上海から東南アジア、インドを経てパリへ、足掛け7年(あるいは5年)の放浪旅行をした際の出来事を綴った自伝。
これは1926年(あるいは1928年)の話である。それを作者は1969年、77歳のときに刊行している。今時の若者がヒッチハイクをするのとは全然違った時代の話であって、途中でいろいろな在外の人たちに世話になりながら、絵を売り歩いて旅費を稼ぎながらの旅であるが、いったいどうやればこうなるのか、というような話で、リアリティを想像するのも難しい話である。
にもかかわらずそれは現実である。それを表現するのに使われている言葉が詩人的で面白い。そして、やや粘着的というのか、過剰装飾的というべきなのか、そういう表現が、今時のチープな小説とは全く違った深い色合いで言葉の世界を形成していて、惹きつけられる。
ニヒリズムなのか、厭世的なのか、自虐的なのか、シニカルなのか、惨めな極貧の道行きを、やせこけてしぶとく歩いているようなイメージがある。先行きの見えない旅に踏み切って出た者の視点で、そこのところが自分には新鮮に感じられる。
うっとおしくも魅力的な本である。